脳科学班(A01-3)

研究課題名:スパースモデリングから脳における視覚物体像の時空間表現に挑む

研究代表者:谷藤学(理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー)
研究分担者:内田豪(理化学研究所 脳科学総合研究センター 専門職研究員)
研究分担者:大橋一徳(理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員)

研究概要

視覚的に提示された物体像の情報は,脳の中で多数の神経細胞の組み合わせによって表現されている.したがって,カテゴリーの分離,個別対象の分離,擾乱に対するロバストな認識などの物体認識の諸問題は,個々の神経細胞の応答の解析ではもはや解明できない.本研究では,スパースモデリングの考え方を導入することで,多くの神経細胞で張られる高次元空間の中で静的あるいは動的に変化する物体像表現を研究することでこれらの問題の解決を図る.

本研究の背景と着想に至る経緯

脳において視覚情報などの感覚情報は多数の神経細胞の組み合わせによって表現されている。たとえば、カメラで撮った映像がたくさんの画素によって表現されるように、目に映る物体像は画素に対応する網膜の細胞の組み合わせによって表現されている(図1左).さて,我々は,視点が違っていたり形に変化があっても(すなわち,画素空間では全然違っていても),容易に物体のカテゴリーを判別したり,個別対象を分離できる.このことから,網膜における画素空間の表現は,高次視覚野においてこのようなロバストな情報表現を可能にするように変換されていると考えられる(図1右).さて,高次視覚野においても,物体像は多くの神経細胞の活動の組み合わせによって表現されていることが示唆されている.したがって,カテゴリーの分離,個別対象の分離,擾乱に対してロバストな情報表現などの視覚認識における諸問題は,個々の神経細胞の応答から説明することはできず,神経細胞の応答で張られる高次元空間の中でのクラスタリングとそのダイナミクスという枠組みで研究することが余儀なくされている.
 これまでの神経科学の研究の歴史の中で,たくさんの神経細胞の活動の組み合わせとして問題を取り扱うことはあまりなかったため,新しい研究手法の創出が喫緊の課題となっている.スパースモデリングは,まさに,高次空間での神経情報表現の持つ特質を数理的な立場から理解することを可能にし,それを踏まえることで神経細胞集団の活動を研究の新しいステップへと発展させることができるだろう.その一つのアプローチとして,本研究計画ではスパースモデリングの考え方をこれまで進めてきた神経細胞や局所的な神経細胞集団の物体応答の研究に導入することで視覚認識における諸問題の解明に結びつける.

本計画研究の目的

本計画では,多くの物体像に対する高次視覚野の神経応答を記録し,スパースモデリングにより,物体の表現に使われている図形特徴の空間構造を明らかにするとともに,その時間特性を融合させ,物体像の脳内情報表現の時空間構造の統一的な理解を図る.具体的に,図2に示すように,三つの課題を設定する.

【課題1】物体像表現の空間構造の解明

高次視覚野には空間スケールの異なる機能構造がある.物体やそれを構成する図形特徴を表現している空間構造を明らかにすることで,スケールの異なる機能構造と表現されている視覚情報との関係を解明する.

【課題2】物体像表現の空間構造と時間構造の統合理解

行動動物から神経活動を記録した研究から,物体に対する細胞の応答は複雑な時間構造を持つことが知られている.本課題では,スパースモデリング班(B01-2)と協力し,【課題1】の空間構造に関する知見を拡張して,物体像の表現の空間構造と時間構造を統合し理解する.

【課題3】脳における物体像のスパース表現の意味を解明する

本課題では,【課題2】で明らかにされた物体像の時空間表現から,脳においてスパースな表現が使われている意義を解明する.